どうも皆様!昨日ブログを書かずに寝てしまったのでこれは5月30日(金)分のブログとなります!どたです!
マジですごい時間帯に寝てアホの時間帯に起きてしまった。まあ疲れた週末なんてそんなもんですよ。正直に白状すると土曜日の朝にお風呂に入ったりしました。アホすぎカス。
最近の睡眠事情が終わっているというのは今までに1億回くらい書いてきたんですけど、まあ本当にそれ以外書くことがないくらい終わりに終わってまして。まあ堂々と書けることではないですし、マジでちゃんと寝なければいけないなと思っている今日この頃でございます。
昨日のブログに「書きたい事が思いついた」って書いたと思うんですけど、もう忘れました。早すぎる。眠い中書いてるブログだとその思ったこととか考えたことすらもメモすることなく勝手に眠ってしまうのでとても良くない。
5月31日分の日記を明るいものにするつもりなので、その前のこのブログは少しマイナスな感情でも吐き出す場にしようかなと思います。正直自分の明るい部分暗い部分一番人間っぽい部分など全てがとてもわかりやすく出ているのがこのブログかもしれないですね。
さてそんなこんなで書いていく事柄が「嫉妬」について!なんてマイナスな。単刀直入に書きますと、いつもはたぶん「憧れ」とかそういう言葉で誤魔化しがちなんですけど正直自分人よりも嫉妬しやすい人間な気がしています。
自分にないものが多すぎるから、どれほど小さい事でも「自分にできない事」である限り全部嫉妬の対象になっているところがあるんです。大変そうな奴だな。
たぶん「絵を描く」とか「歌を歌う」「物を作る」「ギターを弾く」とか「文章を書く」とか好きなことが多いから「○○が出来る人カッコいい!凄い!!」って思っているものが人より多いんですよね。
そんでもってどれもこれも中途半端なクセにまともに練習も重ねずにただ全部漠然と「上手くなりたい」って思ってしまって、そこがダメなんですよ。向上心って言ったら聞こえはいいんですけど、努力の伴っていない口だけの向上心って客観視しても自分自身でも心底惨めだなと思いまして。
この年になってもこのブログ以外に何か続けてきたことと言ったら本当に「生命活動?」みたいな話になってきてしまうんですよ。このブログも毎日「分」投稿は一応頑張っていますが生活リズムの大幅なズレにより段々更新頻度が安定しなくなってきていますし。
だからこそなんとなくこの努力と呼んでいいのかさえ分からないような毎日文章を書くという作業を少しでもやめてしまったらいよいよ自分を「頑張っている」と肯定できる部分がなくなってしまう気がして、それも怖いです。
「ただ楽しいから」でこのブログも小説書いたりするのもギターとかも続いているんですけどそういう技術、技量みたいなもので成功を収めている人って皆それなりの努力をしてきているはずなんですよ!!
唯一の続けられることですら努力できない自分が本当に嫌なんです。過去を振り返って「これは頑張ってきた」と堂々と言えるものが何もないって虚無感が凄い。まあこれから努力することなんていくらでもできるだろって思われるよ
うな若造なので「今まで努力してこなかったよ~!どうしよう~!」って嘆くには早すぎるって言うのはわかってます。
伝わるかわからないんですけど「取り柄のないクズだって生きてていいだろが」っていうヘルニアさんのボカロ曲知ってますかね?
その曲の歌詞の中に「才能なんて幻想と高校辺りで気づいたのかい?化け物みたいなやつがゴロゴロいると知ったのかい?」って言うのがあるんですけどまさにそんな感じです。
自分の場合その「化け物」にあたる自分が客観視しても明らかにその方面で功績を残したり極めている「凄い人」が超身近な「友達」と言う関係性の中に何人もいるんですよ。
一緒に関わっていて自慢の友人であることは間違いないです。凄いなって素直に思いますし、本人にその意思があるならその方向で友達が成功を収めることを願っています。
でもだったら自分も同じように何か功績を残してみたいと思ってしまう!!厨二病じみた考え方なことも、この年齢特有の夢見がちなそれなことだってわかっているつもりなんですけどもうダメです。嫉妬と憧れが混同している。
自分の得意分野で輝いている未来を想像するのが楽しすぎるんです。そこに向かって突き進んでいる自分を想像することはできないのに。
でもなんとなく将来は普通の企業勤めとかではなく個人で色々やって何とか食いつないだり、合理的とは程遠い生活をしているような気がします。給料は安定しないけど自分が楽しそうな方を最終的に選んでいそう。
将来について考えるたびにそういう「凄い人達」を思い出して、その人たちが感覚とか生まれつきでもう既にできていた、身に着けていた技とかあまり使いたくない言葉なんですけど「才能」とかそういうのに嫉妬してしまってダメです。
その人たちが努力してきたことは分かっています。努力の先に手に入れた功績や今の姿なのは分かってます。でもどうしても「基礎から違うじゃん」って思ってしまうことが数多あって良くない。
友達が当たり前にさらっとできることが自分にはてんで出来なかったりすると「自分には才能が無かったんだな」って都合のいい様にとらえて逃げてしまう。それをやめたい。
努力からも負の感情からも言い訳して逃げている自分が一番嫌いなのかもしれないです。とりあえずこういう文章を書くときに「でも」って書きまくるのをやめたい。言い訳をするな、逃げるな。
あまりにも「自分には何もない」っていう思い込みが激しいのかもしれないなとか思ったりするんですけど自己否定してる人ってそれを自覚するのが難しかったりするんですよね。
「自分には価値がない」って思っている人に「そんなことないよ!」とか声をかけても自分を否定することしか考えられなくなっているので「だって本当の事だから」で終わってしまってこちらの言葉は届かないんです。
ここまで自分のことを理解しているのにそれでも自分が嫌いだと思ってしまうのは、もはや「自分を嫌いだと思っている」っていうキャラクターを持った自分が好きな可能性までありますね。難しい文章だな。
嫉妬についてつらつら書いていたらめちゃくちゃに長くなってしまった。書きたい事は書けたので満足です。やめどきが分からなくなってしまったので唐突に終わります!ここまで読んでくださりありがとうございます。そんじゃまた~!