どうも皆様!やっと21日分とかなんですけど結局25日から日付が変わってしまって振り出しに戻った気分です!どたです!
まあ仕方ない。それでもとにかく書く他ないので書いていきましょう。そんでもって今日は昨日の分の続きみたいな感じになりそうです!
昨日は自分が「人の相談にのるのが得意」という話をしたので、今日はそれとは逆で「自分が相談に乗る時にやってしまいかまちなこと」の話です!
結論から書くと、自分は相談に乗る時に自分が優しい人であるために綺麗事を言ってしまいがちです。人の相談に乗ってるのに自分本位なのホントにやめたいんですよね。
後から思い返せばそんな事こと思ってないなって気づくことが結構あります。じゃあ綺麗事を言ってしまうときは寄り添おうとしていないのか?と思うとそういうわけでもなさそうで。
自分はたぶんその綺麗事、例えば「最後に大切なのは愛」とか「失敗も経験の一部」とかそういう言葉に助けられた瞬間が少なくとも一度はあったんだと思います。
過去に助けられた言葉に縋って、半分本気で信じて、それをそのまま引用して人を助けた気になっているだけで。
それってその人の悩みを聞いているというより自分が昔されてうれしかったことを状況に合わせて再現しているに過ぎなくて。
人によって考えは違うし、なんなら過去の自分と今の自分でさえ考え方は違うのにその場を収めることに必死になってそんな行動をとって。
正直めちゃくちゃ子供だなって思います。お母さんにされた痛いの痛いのとんでいけを人にやってあげてるだけで、それでホントに痛みがなくなる人なんてごく少数しかいないんですよ。
だから最近はなるべく「世間で正しいとされていること」みたいな綺麗事は言ってしまわないよう気をつけています。
実際自分が悩んでて相手に綺麗事で返されたら「どうせあなたもこの言葉で救える」って世間に一括りにして投げ出された感じがして嫌だと思うんですよね。
綺麗事って今まで使い倒されてきた言葉で、相手が心から考えたとは思いにくい部類の言葉だと感じるんだと思います。
例えそれが自分が心からそうだと信じていることでも、なるべく現実を見て相手の立場でその言葉を受け取ったときどう感じるかまで、考えて発せるようになったら少しは大人になれるのかなとか思います。
本当の意味で相手を助けるって正直並大抵の人にできることじゃないと思ってて、自分も沢山相談に乗ってきた中で本当に相手を救えたことは無いのかもなとか思います。
でも、解決に繋がるように一緒に会話して考える相手にしてもらえたって思えばまだ手伝いにはなってるのかもしれないと思えますね。
人にとって「この人と関わっててよかったな」って思ってもらえるような人でありたいですね。なかなか難しいとは思うんですけど。
そんなこんなで今日はここまで!そんじゃまた〜!