どうも皆様!テスト期間中は露骨に忙しさと疲労感が文章に現れますね。どたです!挨拶している場合ではない。
他にやるべきことがあるとわかっていながらスマホやブログを書くことに逃げてしまうのは多分防衛本能です。これ以上勉強したら死ぬと本能的に思っている。
死ぬ気でやってみ?死なないから。みたいな言葉もありますが、身体的に死ななくても心が死に近づくのではないかとか考えてしまうタイプの捻くれものです。
壊れきってしまう前に潔く逃げたほうがいいと個人的には思ってしまうんですけど、世間ではなにかと壊れるまで動き尽くすことが美学とされがちな気がしています。
壊れるまでいかないと「疲れた」なんて弱音は甘え判定、休むなんてもっての外みたいな風潮そろそろ廃れませんかね。
最近になってようやく「無理はしないほうがいい」みたいな雰囲気になり始めましたが「生きているだけで偉い」とか「頑張りすぎなくていい」とかそういう事を言う人は別に人生の責任を取ってくれる訳ではないというのも難しいですよね。
そういう言葉だけを信じて何も考えずに何もせずに生きられたら本当に楽だろうなと思いつつ、それで生きていられるほど単純ではないんだよなとも思っています。
まあまだ 全然若いので単純ではないと思いつつどれほど複雑なのかはわかりません。
最近こういう小難しいことと言いますか、人生についての話をよく書いてよく考えてしまうのは自分が思春期だからなんだろうなと思ったんです。
でも同時に思春期ってそうならざるを得ない年代なんじゃなかろうかとも思いました。
というのもいわゆる中高生には嫌でも受験というイベントが待ち受けているじゃないですか。これって自分の人生と向き合う初めてのイベントなんですよ、恐らく大半の場合は。
自分とは何なのかわかり始めてきたときに、自分自身の未来を自分で決めるという重大なイベントが来て。そんなの人生について考えない方が難しいと思いませんか?
その後人生の意味とか自分はなぜ生きているのかとかそういう所まで発展するかは人によると思うんですけど、考えなくては行けない時期というのは中々納得いくと思います。
大人の方々には是非自分がそれくらいの年だったときどういうことを考えて何をしていたのか思い返して今の若者を眺めてもらえればと思います。
まあつまり何か言いたいかというと、自分にもそういう時期があったかもしれないのに若者の悟ったような態度を冷笑するのはやめてほしいという事です。
自虐ならまだしも、今の子たちは当たり前に今を生きているので。
ルッキズムだのスクールカーストだの流行り廃りに乗れている乗れていないetc…。SNSが当たり前の世の中を生きる若者は中々忙しそうだなと若者目線でも思います。
かく言う自分も承認欲求からブログなんて書いていますしね。現代っ子だぜ。
さてそんなこんなで自分は忙しい若者なのでこの後テスト勉強をしなければいけないのです。とりあえずやるだけやってみます!今日はこの辺で!そんじゃまた〜!