どうも皆様!世間はすっかり卒業ムード、例に漏れず自分の高校も卒業式でした!どたです!
部活とかそんなに活発じゃなかったのでお世話になった先輩とかはあまりいなかったんですけど、めでたい式ではあるのでちゃんとお祝いしてきました。
去年は自分が送り出される側だったとか正直信じられないです。着ていた制服も当たり前に違って、友人関係も違って、先生も違って。
なのに1年も経てばそれらにも慣れて新しい当たり前が出来上がっていて。人間の適応能力って並大抵のものではないよなとつくづく思います。
自分は今と同じ制服を着たまま3年生になれているんでしょうか。卒業式を迎えられているんでしょうか。
他の人ならありえないのが、これらの不安が冗談ではなく現実問題だということです。さすがにこのタイミングまで言わないでおいて「あ、君留年だよ?」はナシであってほしい。というかあってはいけない。
何が凄いってこんなに後ろ向きな内容なのに過去の話じゃなくて未来の話をしているところです。希望を持てよもうちょっと。
未来に希望が見えないなんて書き方をすると気を病んでいるのではないかと思われそうですがそうではなくて、今現在はとても楽しいけれど将来のことを考えたときに現実問題希望が無いなってだけなんです。
正直なるようにしかならない未来の話なんて書いてもどうこうなる訳じゃないのでもっと今の自分の身になる話を書きたいんですけど現実と向き合いすぎると疲れてしまうので目の前じゃなくて少し遠くの現実を見ることで現実味を少しでも薄めようっていう考え方です。
まあどのみち現実を見ているのにかわりないので苦しくならないと言えば嘘になるんですけどね。だから夢や目標について語るのが好きなのかもしれない。
現実と向き合うふりをしながら理想を追い求めているだけなので、ものすごく気が楽なんですよ。現実の行動として表れているから「将来に向かって何かをしている自分」を作ることもできます。
本当に自分のやりたい事とは何なのか、もはや自分じゃ判断できなくなっているのが現状なのかもしれません。表向き用、インターネット用の自分がやりたい事がコレなだけで、現実の自分がやりたい事なんて本当はないんじゃないかとか。
考えるだけ無駄な気もするんですけどね。現実とインターネットの境目は最早なくて、自分自身がやりたい事をただインターネットに載せているだけな気もする。実際問題どうなのかはわからないです。
本名としての自分が今心からやりたがっていることは一体何なのか、考えて出てくるのが「小説を書く」とか「新人賞に応募する」とかなので前々からずっとやりたがっていたことが現実になってきてマンネリ化しているだけなのかもしれませんね。
小難しいことを考えていると頭痛くなってくるので今日はこの辺で!何はともあれ自分は自分なのであんまり深く考えないでください。そんじゃまた~!