どうも皆様!気づけばブログの更新が遅れてしまっていて本当に良くない気はしています。どたです!
これが日曜日分ですね。1日遅れとかならまだ追いつける気がしますが2日もとなるとさすがに少し焦ります。自分が焦るべきはブログの投稿ペースなんかよりも学校の成績なんですけども。
ブログのことを自分が生きている第二の世界線だとでも思っているんじゃないかというくらい毎日分を投稿することにこだわっているんですけど、正直多くの人たちがこのブログを待っているというわけでもないのに何をそんなに必死に更新する必要があるのかとか思われそうですよね。
自分でも冷静に考えて毎日決まった時間に更新しているわけでもないのに毎日分なんて曖昧な基準を作って投稿して、一体何の意味があるんだろうとは思うんです。
ただ色々と考えてみて思ったのは、さっき書いた「自分が生きている第二の世界線だと思っている」っていうのはあながち間違えてもいないのかなという事です。第二の世界線なんて言葉を使うとちょっと大きすぎるんですけど。
自分は当たり前に現実世界を生きているんですけど、そこで起こった出来事の色々とか自分が考えたこととか感じたこととかを誰かに報告するような形で書かなければ上手く現実が飲み込めないような人間になってしまったんだと思います。
誰にも伝わらなくていいけど、誰かに「こういうことがあって、こう考えてこう感じて」みたいなことを伝えておかないと気が済まないというか。現実だけを見て現実を生きていると自分みたいな人間はどうしても疲れてしまうんですよ。
それを誰でもない第三者に垂れ流すように共有して、そういう場が必要なんだろうなという気がします。あと自分が何もかも忘れてしまったときに何も思い出せないっていう状況が漠然と怖いっていうのもある。
忘れたくない事、学んだこと、初めて経験した時の心情だったり上手く言語化できない感情。それらを自分は文字に起こさないとすべて忘れてしまう気がするんです。しかも人よりも数倍くらい早いスピードで。
インターネットを見まくっているせいもあるのか、脳のリソースが余計なもので無意識の内に埋め尽くされて大事な記憶達がどんどん埋もれていくんです。去年の今頃何をしていたのか、もう思い出せません。
ただ何かしらに悩んでいた気はするし、楽しんでいたような気もする。それが全く思い出せないのが怖いんです。今まで自分が生きてきた時間が全て無になるような気がして。たぶん同じように無意識の内に覚えている記憶とか勝手に学んだこととかはあるんでしょうけどね。
流石に赤ちゃんではないので何度も同じ経験をすれば何が善くて何が悪いかの判断くらいはある程度つくようになってきました。ただそれ以外の善いとか悪いとかそういう括りに入れられない記憶達も自分は思い出せる人間で居たい。
未来で友達と思い出話に花を咲かせるのが夢です。今もそうなんですけど、楽しかった過去の話っていつしても楽しいじゃないですか。楽しかった記憶だけはちゃんと覚えておきたい。
数ある記憶の中で辛かったり苦しい記憶だけは人間よく覚えてしまうし思いだしてしまうけれど、そいつらに脳のリソースを沢山使うのだけはどうも気に食わなくて。せっかく思い出すなら辛い記憶と一緒に楽しい思い出もあった方がちょっとくらい気が楽じゃないですか。
過去をかなり引きずるタイプなので思い出した時に少しでも気を楽にしたいという防衛本能の現われだったりするのかもしれませんね。まあ実際そんなに深い意味なんてないのかもしれません。ただ習慣化してしまったから続けておかないと不安になってしまうって言うのが一番かもしれない。
勉強の習慣とかもつけてこれくらいになるまでもってこれたらよかったんですけどね。2週間続けたら主観がつくとか言いますが、勉強においては3日ももたないような気がしています。嫌いすぎるだろ勉強。
そんな駄文もほどほどに今日はここまで!あまり脳みそを使わずに慌ただしく書いてしまったので読み辛かったらすみません!そんじゃまた~!