どうも皆様!沢山寝たら土曜日が終わっていました。勉強はどこへ。どたです!あんだけ面談で詰められても何も変わりはしなかった。初戦はその程度の人間なんです。さあ張り切ってまいりましょう。
そんなこんなで朝ごはんを食べてその数十分後に昼ご飯を食べ、後は寝て過ごしていたらいつの間にか夕方でした。せっかく外晴れてたのに何もせずに休日が終わってしまったのでかなり虚無。
まあこんな休日もあるかという気持ちとこんな休日があってはならないという気持ちの両方があります。休むべきな日なのにちゃんと休んだら何か他に有意義なことができたんじゃないかという気もしてしまう。
2日中1日は家で休んで、もう片方は外へ出たりしてっていうのが個人的に理想だったりします。それか2日とも出かける!どっちも寝て過ごして終わりはあまりにも有意義じゃ無さ過ぎる気がして避けたいんですよね。完全に感覚の話でしかない。
でもこんなことをしているとお金が無くなるっていうのもわかっているんですよ。だからそのさじ加減が難しい。どうしたものかって感じです。
そこで趣味を散歩にするとお金を使わずに外に出られるのでいいんじゃないかと思いますが、まあ大抵友達と出かける事になったら電車に乗るだのでお金が吸われていきます。
たまに散歩に誘ってくれる友達もいて嬉しいです。散「歩」と言っても自転車で近所の公園に行ったりするので厳密には歩いてないんですけどね。それでもかなり楽しい。見慣れた景色って安心できるんですよね。
小学生の頃とかによく行ってた公園はもう遊具が変わってしまっていたりするんですけど、上の方から見渡す景色は変わってなくて「何も変わってないんだ」っていう現実に安心できるというか。懐かしい、エモいみたいな言葉も少し違うような気がして難しいですね。
そしてそんなに感傷に浸っているような割には、友達とする会話は現実を嘆く内容ばかり。
大抵友達から散歩に誘われたりするんですけど、そういうときは大体に何かしら吐き出したいことがあるという事だと思っているので、上手い具合に吐き出してもらえるとなんか嬉しいです。
現実を嘆くってさっき書きましたが、自分は一緒に嘆くとき大抵現実というより自分自身に対しての愚痴を言っていることが多いです。
変わりたい気持ちだけいっちょ前に持って、実際行動には移せずに動けない言い訳だけを探して。言い訳する自分にも嫌になって、嫌になることに疲れて1日が終わって。
哀れだなあと自分で思います。今書いているこれだって自分への愚痴でしかないのちょっと皮肉が過ぎますよね。
自分の嫌なところなんて探さずとも見つかるのにわざわざ探してつつくような真似しなくてもいいと思うのに。思っているのにやめられないのは罵倒してストレス発散できる一番身近な人間が自分だからなのかもしれません。
人へ何か言ったり社会へ物申したり、そういうのって簡単だけどただ虚しいだけで終わりじゃないですか。
自分で言って自分が傷つけば多少「なにか言ってやったぞ」みたいな気持ちが生まれて、それが少しの快楽になっている可能性はあります。
なんかもう、色々と全部諦めて投げ出してしまいたいという欲が絶えずありますね。甘えてんのはわかってます。
あんまりジメジメさせたくないので中途半端かもしれませんが今日はこのへんで!日曜日分も書かなくてはいけないのでね。そんじゃまた〜!