どたの日記

頑張ります!!

将来アレルギー

どうも皆様!今さっき大学の説明会みたいなのを受けてきて、現実に叩きのめされそうになっております。どたです!

自分の嫌いなものランキングは1位に戦争、2位が進路です。3位は野菜。なんて適当な事をほざくところから始まってまいりました。

なんとなく過去の傾向から、未来や進路について書くときは十中八九ネガティブになる気がしています。実際今ネガティブの力を使ってブログを書こうとしているんだからまあそうならざるを得ないと書いた方が正しいのかもしれません。

将来について考えれば考えるほど、将来像の解像度が低くなってボケて、今自分が何もしていない事実だけが輪郭を帯びてきて嫌になります。

やりたくないことから逃げていてもどこかで限界は来るし、今現在実際四面楚歌になりつつあります。今意図せず急に漢字いっぱい並べちゃったな。中国語みたいになっちゃったな。

そんなことはどうだっていいんですよ。それで、なぜ急に将来の話をしたがっているのかを書きますと、大学説明会が学校で行われたんですよ。

興味のある分野の大学の話を大学の先生から直接教えていただくみたいなやつなんですけど、聞けば聞くほど泣きたくなってしまってダメでしたね。わけがわからないでしょう?

進学でも就職でも、いわゆる転換点と言えばいいのでしょうか。それらが待ち構えている間はきっと未来から逃げることなんてできないし、どうしても向き合わなければいけない。

向き合えば向き合うほど未来の自分の姿が思い浮かべられないのです。基本、何にも向いていない。これ以上勉強もしたくないけど、いきなり社会に放り出されてやっていける気もしない。

舐めたこと言ってるのはわかっているし、どこかで絶対に勉強しておけばよかったなんて嘆く日がくる気もしています。ただ一つ確実なのは今の自分は勉強に対して何も前向きに考えられないということです。

「何がしたいの?」と聞かれれば、「何がしたいんだろう」とオウム返しすることしかできない。やりたい事そのものは溢れるほどありますが、そのどれもが職業にはならなさそうで困ります。

ギターも歌も上手くなりたいし、小説いっぱい書きたいし、アクセサリーとか作りたいし、かと思えば思う存分寝たりもしていたい。

時間が足りないと嘆いても怒られないだろうと思えるくらいには、学生の日々はやることで満ちています。課題に次ぐ課題、迫る締切、近づく期末テスト、留年の危機。

やりたいことを犠牲にしてやらなければいけないことをやるというのは当たり前で、皆がその当たり前をこなせているのが凄すぎる。

嫌々やる、ができないのは怠惰の極みとしか言いようがありません。自分は極まった怠惰なので嫌なことは嫌だから本当のギリギリまでやらずに耐えようとします。先延ばし癖〜〜〜!!!

思えば随分前からこうだった気がします。少なくとも中学生の頃にはもう出来上がった怠惰でした。誇れない。

もし大人の方に自分のような将来アレルギーの方がいたら、どう対処したか、もしくは対処できずに苦しんだかを教えてほしいですね。

今のところ治りそうにもないので、一旦もがき苦しんでおこうと思います。そんなこんなで今日はこの辺で!

書いてる間に数日経ってるので最初の方の話全部「今日」じゃなくなっててウケますね。そんじゃまた〜!

 

趣味、飽き、脱線

どうも皆様!なんの前触れもなくいきなりお知らせを書くというイレギュラーを平気でやる人間、どたです!

衝動性がすごく、そして行動力だけはあるので衝動に任せてやりたいと思っていたことを唐突に行動に移します。その後のこととかはあまり考えていません。

そして行動力だけはあるくせして嫌なことは先延ばしにするので、今やるべきことではない楽しいことをいきなり始めたりします。阿呆。

まあ一旦そんなことはさておいてブログを書かねばなりません。いま何日分溜まってしまっているのか考えたくもないですね。2ヶ月分くらいか…?

せっかく無理の無いよう更新頻度を下げたというのに今度は一切の更新がなくなるという怠惰さ。「こんなことしてる場合じゃない」の「こんなこと」のトップにブログが躍り出ているのかもしれないなとか思うと、ちょっと悲しいですね。

楽しくて始めた趣味が飽き性でやめられていくという事象は昔からで、小学生の頃毎日のように描いていた絵はすっかり描かなくなってしまいました。イラストレーターに絶対になるとかアルバムに書いていたのに。

そして中学生の頃に始めたこのブログも今では惰性で続けていると言っても過言ではない更新頻度になってしまいました。まだやめるつもりはないんですけどね。

そうやって過去の趣味たちをあれこれ遡って考えると、それぞれが長続きしないから趣味が増えていったんじゃないかなとか思ったりしますね。

何かに飽きたら他の趣味、というループの中に入って、飽きがこないようにやりたいことの全てに手を付けているのかもしれません。

やりたいことに溢れていると、自分が何人もいればいいのに!と思うことがよくあります。

でもたぶん、自分はやりたい事でもやらなければいけない事でもタスクに追われていると生を実感するので、今持っている趣味の一つ一つを自分自身の一部だと思っているのかもしれません。

だから趣味に飽きたくはないし、やりたい事が常にある状況なんだと思います。まあそれらに追われて皆が普通にできているアレやコレが疎かになるのも考えものなんですけどね。

こんな甘えた生き方いつかどこかで必ず苦労するってことくらい頭では理解しているつもりなんですけど、苦労することになったらその時に考えよう、くらいでいてしまう。ずっと自分事を他人事のように考えている。

未来のことを考えるとどうにも具体性を持てないのも根本から話せばそれが原因なんでしょうね。自分事を考えることができない。どこか他人の人生を生きているような気さえする。

なのに悲しいとか嬉しいとか感情を噛みしめるたびに自分の人生なのだなと実感して、その事に絶望もするし希望を持つこともあるんです。

自分で書いていてわけがわからなくなってきました。地続きで自分の足を使って歩くしかないのに、周りは当たり前にそれをやっているのにそれすら面倒だと思って拒絶してしまう。

誰より生きることをサボっているのに、それでもどこかで疲れたと思い続けている。

多分この疲れの原因がわかったり、生きることを拒絶しなくなったりするのはずっと後のことなんだろうなという漠然とした予感だけがあります。

夢見がちな現実主義とかいう矛盾もいいところな自分は、果たしてどうすればうまく生きられるのか。世の中がやりたくないことで溢れかえっているのも悪いと思いますよ、と急に世間に物申してみたりします。

これ以上書いてもなんの生産性もない気がしてきたので終わりましょう!ほぼ不定期更新になってきた私のブログを、それでも見守ってくださいと甘えたことを言って締めさせてもらいます。そんじゃまた〜!

【お知らせ】noteに小説アカウントを作りました!

どうも皆様!音もなく勝手に小説用アカウントのnoteを始めた人間、どたです!

そして今さっき、新人賞に応募して落ちたので世間に出せるようになった自分の第一作目を投稿いたしました。自分にしてはかなり長い小説。頑張って書いたので読んでもらえると嬉しいですね。

急に「郷司翠」名義のアカウントを作ってしまったのでこの第一作目以降ちゃんと投稿できるかがかなり不安なんですけど、まあ作ったものは活用したいなという気持ち。noteの方にも「はてなブログの方が着になる方は~」と宣伝を一言書いたので、こっちでも宣伝しておきましょう。

noteの方の名義はさっき書いたように「郷司翠」で、アイコンはシンプルな横顔のイラストです。定期的に登場するめちゃくちゃに絵の上手い友達、ラオちゃんに書いてもらいました。しっかり有償依頼です。

今は自己紹介と中編小説「殺を殺す」の二つ記事が投稿されています!投稿するにあたって自分の小説を一度サラっと読み返したんですけど、今思うと日本語が変だったり書き直したい部分が多くてくねくねしてしまいますね。

それでも自分が書いた第一作目、胸を張ってお出ししようと何も書き換えることなくそのまま投稿したので、温かい目で読んでくださると嬉しいです。ちょっとくらい書き換えても正直誰にもバレないんですけどね。謎のプライド。

そして第一作目というのもあって何も小説をネットに載せる時のノウハウとかが分かっていないので、ストレートにいきなり小説です、バーンって載せてしまったんですけどあっていたんでしょうか。

まあ載せてしまったものは仕方がないので一旦そのままにしておきます。もしかしたら音もなく表記だったりハッシュタグだったりが変わっているかもしれません。

いきなり世に放り出した自作小説がどんどん人に読まれるとも思っていないので、付け足し付け足しで創意工夫をしていこうかなとか思っています。まずはこっちのアカウントで宣伝させてもらうという工夫です。読んでください!

こんな必死になって読んでもらうことをお願いするって言うのは書き手としてどうなんだろうとか薄っすら思いますが、まず読んでもらわないことには評価も何もないのでね。

ただ問題なのはショートショートとか短編小説とかではなくしっかり長い小説を書いたので、初めて触れてもらうには少しとっかかりにくいのかなとか思ったり思わなかったり。3万字って横書きだと案外すぐ読んでしまう長さなんでしょうかね?

普段自分が紙の本しか読まない弊害が今出ています。仕方がない。今回宣伝したかった事は書けたのでこの辺で終わりとしましょう。

しつこくても何度でも書きますが、もし気になった方は是非noteの方も覗いてくださると大変うれしいです!長い小説は時間のある時にちまちま読んでください。読みにくかったらごめんなさい。そんなこんなで今日はここまで!そんじゃまた~!

時間の使い方が下手という話

どうも皆様!もはや更新ペースをもとに戻すことが不可能なんじゃないかと思い始めているどたです!何もしなくても時間が進んでいくの罠すぎるだろ。

罠っていうより、当たり前なのにそれを受け入れられていない自分側に大きな問題がある気がしますが一旦考えないでおきましょう。

そんな最近は、やるべきことにまみれて、にっちもさっちもいかないまま時間だけが溶けていっています。やるべき事は沢山あるはずなのに気づけば何もしないまま日付が変わっていくばかり。

冒頭からずっと時間の話しかしていないあたり、本当に日々の時間の使い方が下手なんだなというのを実感します。

スマホやインターネットに本格的にのめり込んだのは中学校に入った頃だったでしょうか。それよりも前からYouTubeが好きな立派なドパガキだったのは間違いありません。

日常生活<インターネットにいつの間にかなっていて、気づけば絶望的生活リズム人間に成り果てていたというわけです。救いようがねえ。

自己管理ができていてスマホとかインターネットを使っているならまだ大丈夫だと思いますが、どう考えても自分はそれができなくてですね。

早寝、早起き、スキマ時間をうまく使う、勉強の時間を決める、自由時間を充実させるなどなど世の中には様々な時間に関する有益な情報が溢れかえっています。

そのどれもこれもが苦手なのが、自分が生きるのを大変だと思っている要因の一つなのかなとか思ったりします。早寝しようと心がけた時期もありました。アラームで起きようと頑張ったときもありました。

そしていざ夜や朝になるとわかるんですけど、そんなことをしている体力や気力はその時間帯に存在していないのです。

衝動に駆られて夜中に趣味を始めたり、それを30分で終わるつもりが気づいたら伸びに伸びて2時間くらいになっていたり。「早寝しよう」なんていう自分ルールは衝動の前に無力なのです。

逆も然り、アラームがなり、早起きしようと思っても寝ぼけた頭の考えることは一つ「まだ寝たい」のみ。まだ寝たいという欲に抗うための理性はまだ目を覚ましていないのです。

きっと早寝早起きのできなさをこんなにも言語化してくれた人間はそういないんじゃないでしょうか。まあどれだけ言語化しようができていない現実は変わらないんですけどね。

そんなこんなで今日はここまで!どれくらい更新追いついてないんだろう、考えたくもないですね。そんじゃまた〜!

 

駄々こねの延長

どうも皆様!テストを終え開放感に包まれている人間、どたです。

やっと終わったぞ!!終了と終焉という意味で終わったぞ!!そんなでも私は元気です。成績が悪かろうが死ぬわけでもないですし。

そういう心持ちでいるからいつまで経っても成績が悪いまま。ものを考えて説明する能力だけがすくすくと育って、肝心なそれらの基盤となる知識は無い状態で考えだけが尖っていきます。

頭が良ければと幾度となく思ってきましたが、その願いを叶えるためだけに勉強するやる気もなく。所詮はその程度の思いなのです。きっと心からは願っていない。

知識があれば、勉強ができれば、見える景色が変わるのもきっと事実で、その景色は素晴らしいものなんだと思います。何かを積み重ねる努力とか、辛くとも頑張り続ける経験はきっと大人になってから役に立つ。

なにより勉強ができて損なことなんて無いんですよ。得しかない。なのになぜ私はしないのか。まあいくらそれを問うても面倒だからとか苦手だからとか以外の理由なんて出てこないんですけどね。

ただ何故こんなにもマトモに向き合うこともできないのかを考えるとただ怠惰なだけでは片付けられないような気がしてきて。

駄々をこねる能力だけはいっちょ前にあるので多分これもその駄々こねの延長線で言い訳でしかないんですけど。

多分自分は自分が思うに向上心があまりないんですよ。勉強については特に。どんな面で見てもそうですが、いいことなのか悪いことなのか基本、現状に満足している。

急いでも仕方ないと思っているし、いつかの未来で自分が困ったりすることを想定していない。困ってもその時その時で結局なんとかなると思っているし、後悔したら、ザマアみろくらいに思っている。

未来が不透明すぎてなんの想像もつかないから、好き勝手に進んだ道で自分が楽しいと思ったことを楽しんでいてほしい、くらいで考えている。

未来に絶望しているわけでも期待していないわけでもなく、ただ死ぬほど苦しいことになっている未来は無いだろうという根拠のない自信だけがあります。

現実を考えれば考えるほど自分には何もなくて、仕事に就くとか社会に馴染むとか大人の当たり前がとことんできる気がしなくてですね。

だったらいっそ考えもつかないくらい世間とは距離をおいて、自分がいなくても社会は回るけど、いたほうが楽しかったり豊かになるよね。みたいなポジションに行くのが理想かなと甘えたことを常々考えております。

大きな挫折を経験したわけでも、壮絶な過去を持っているわけでも、社会経験が豊富なわけでもない。なんでもない自分から生まれる言葉なんて薄っぺらくて説得力の欠片もないと思ってはいるんですけどね。

それでも当たり前に自分の人生は自分以外の誰も経験したことはなくて、自分にしか表せないことってあると思っていて。

自分にしか使えない言葉で人を勇気づけたり楽しませたりできるなら、そんなに嬉しいことってないよなと思うのです。

人を直接喜ばせて、反応も直接もらって、なんてそんな職業のほうが珍しいってことはわかっています。でも、もし自分がずっと続けられる職業があるとすればきっとそういう業種だろうなという気がします。

自分で作ったものの感想を自分が独り占めするって幸せで贅沢なことだと思っていて、こういう根底の話をすると恐らく誰かに認められたい欲が人一倍強いんだろうなという結論に至ります。

なんだよ結局承認欲求かよ。はい、解散解散。一時的な承認欲求に振り回されて将来像が揺らいでいるよ、というそれだけの話だったのかもしれません。

これだけ長々書いておいて結論がそれかよ、とは自分が一番思っています。長々読んでくださりありがとうございます。今日はこのへんで!そんじゃまた〜!

 

 

趣味とアイデンティティの話!

どうも皆様!現実では月が変わり10月になってしまいました。このブログは恐らく8月の31日月曜日分とかなので1ヶ月丸々分くらいブログを書いていないことになります。なぜここまで来てなお続けようとするのか。どたです!

こんな事になるなら不定期更新にした方が絶対にいい。

けど、この曜日に必ず投稿する!と決めておいたりしないと二度とブログの編集画面を開かなくなってしまいそうなのもまた事実。

決してブログが嫌だとかやめてしまいたいたかそういうわけではないです。 ただ何もかもを文章に起こす労力を考えたときに今はその体力がないなと思い、結果後回しにし続けてしまう気がして怖いんです。

自分はかなり趣味に生きる人間なんですけど、もしかしたらブログをやめたくないのって趣味を失うのが怖いのかもしれないなとか、ふと思いました。

趣味に生きる人間、と書いてしまえば聞こえはいいですが、実際は自分の自分たる所以を趣味という肩書の一つ一つに預けているんだと思います。

これをするのが好きとか、いつもこれをしているとか、趣味はいわばその人自身を形作るものだと思っているんですけど「自分はこういう人間である」って説明するときに形としてわかりやすいからたくさん趣味を持っていたりするのかなとか思ったり。

もちろん趣味の一つ一つがめちゃめちゃ楽しいのも事実なんですけど、やっていることが多すぎてたまに「どれか1つにできないの?」とか言われたりもして。

そういうときはいつも「できないから今こうなってるんだよなあ」と思います。

自分でも少しやる事を減らせばいいと薄々わかっていつつも、本当に贅沢を言っていいのならどれにも妥協はしたくないというのもまた事実。

ここで言う妥協というのは、中途半端にできるようになった状態で趣味そのものをパタリとやめてしまうという意味です。妥協というより諦めとか手放すみたいな言い方が合ってるのかな。

自分の趣味をざっと羅列すると、まずこのブログ、ギター、工作、小説を書く、カラオケ、たまに絵を描いたりもします。

入れていいのかわかりませんが、YouTubeやTwitterはもう日常の一部です。インターネットが好き。

もうおわかりかと思いますが、公立校に通う一般高校生が抱えていい趣味の量ではありません。でもどれもこれも楽しいし、どれもこれも同時並行でやっていたら全部なまじにできる立派な器用貧乏が生まれました。

厄介なのがこれで別に勉強ができるわけでも運動ができるわけでもないし、コミュニケーション能力があるわけでもないのです。ことごとく現代社会を生き抜くための能力に欠如している。

だからこそなんとかその中で埋もれてしまわないように「多趣味」というアイデンティティを保持したがっているのかもしれません。

自分というのはこういう趣味を持っている人間だと説明ができれば、相手にわかってもらいやすいんです。承認欲求が強いあまり没個性をありえないほど怖がっている。

本来何もなきゃ何もないなりに自分の好きなものだったり部活など所属している場所だったりを人並みに言えばいいんです。

自己紹介で個性を出す必要なんて本来ないはずで、そういうところから根本を履き違えている。何者かになりたいなんて思い始めたのは一体いつからなんでしょうね。

多趣味でやりたいことがたくさんあるとどれから手を付けていいやら分からないし、1日が24時間じゃ全く足りません。

そういうことを考えても一度趣味との上手い付き合い方を模索せねばなという感じです。長々と書いてしまいましたね。今日はこのへんで!そんじゃまた〜!

 

 

自分ルールに抗えない

どうも皆様!絶賛テスト期間中、スキマ時間と呼べるような時間が登下校中しかないのでその間にポチポチブログを打っています。どたです!

小説を書こうと試みることもあるんですけど、なにせ文章がありえん長いので小さなスマホの画面の中ではとても読めなくてですね。

テスト課題たちを一旦片付けてパソコンを開く気力もないので何も進められないまま時間だが溶けていきます。どうにかしたい気持ち。

正直テスト期間が終わるまで完全にブログの更新をストップしたって何も変わらないくらいにブログを放置してしまっているのですが、後で泣きを見るのも自分なので程々に書こうと思います。

毎度毎度自分のブログは大体1000字くらいを目標に書いているんですけど、様々な人のブログを読むたびに本当に長さは人それぞれなんだなと当たり前のことを再認識します。

数百字でもいいから毎日投稿だったり定期的に投稿することを続けるのがいいのか、多少不定期になりつつもこの1000字という長さをやめないままがいいのか、正解はわからないままです。

少なくとも自分は長くても駄文だと読む気が失せるので、それだったら中身のある短い文章を書く方がいいと思うんですよね。

まあそんな簡単に言ってもそれが1番難しかったりするんですけどね。現に中身のある無いなんて個人の裁量でしかないわけで…。

でも長さに目標というかこだわりを持たなくてもいいのかもしれませんね。ただ長さっていう基準がないとどこまで書けばいいのかわからなくなってしまうのも事実。

好きなだけ書いて終わればいいのに作ってしまった自分ルールに抗えずにいる。その割には投稿頻度は守られていないんだからよくわからない。

やりたいと口に出していたことを忙しいからと後回しにして、忙しさがなくなり暇になった頃疲れて無気力になり、結果、言うだけ言って何もしない有言不実行野郎になってしまうわけです。

小説用のアカウント作りたいって言って何日が経ったのでしょうか。小説を書きたい書きたいとずっと言って暇なときにちゃんと書いた日が何日あったでしょうか。

要領が悪いのにやりたい事だけ多くて、全部に手を付けようとするからやるべき事もままならなくなって。そういうループから抜け出した方が絶対に良いとは思うんですけどね。

急に舵を切って「己は何もできないぜ」って方向に曲がったかと思うんですけど、そういう場合は十中八九別日に続きを書いています。

ちなみに最初に書いたようにテスト期間は終わっておりません。カスい。そんなこんなで1000字を超えました。こんな風に基準を決めていると終わりやすくなるから決めている部分も絶対あるでしょうね。

私はこれから恒例の朝ごはんおにぎりモグモグタイムに入るのでこの辺で!更新遅れまくってしまってるな。そんじゃまた〜!