どたの日記

頑張ります!!

時間の使い方が下手という話

どうも皆様!もはや更新ペースをもとに戻すことが不可能なんじゃないかと思い始めているどたです!何もしなくても時間が進んでいくの罠すぎるだろ。

罠っていうより、当たり前なのにそれを受け入れられていない自分側に大きな問題がある気がしますが一旦考えないでおきましょう。

そんな最近は、やるべきことにまみれて、にっちもさっちもいかないまま時間だけが溶けていっています。やるべき事は沢山あるはずなのに気づけば何もしないまま日付が変わっていくばかり。

冒頭からずっと時間の話しかしていないあたり、本当に日々の時間の使い方が下手なんだなというのを実感します。

スマホやインターネットに本格的にのめり込んだのは中学校に入った頃だったでしょうか。それよりも前からYouTubeが好きな立派なドパガキだったのは間違いありません。

日常生活<インターネットにいつの間にかなっていて、気づけば絶望的生活リズム人間に成り果てていたというわけです。救いようがねえ。

自己管理ができていてスマホとかインターネットを使っているならまだ大丈夫だと思いますが、どう考えても自分はそれができなくてですね。

早寝、早起き、スキマ時間をうまく使う、勉強の時間を決める、自由時間を充実させるなどなど世の中には様々な時間に関する有益な情報が溢れかえっています。

そのどれもこれもが苦手なのが、自分が生きるのを大変だと思っている要因の一つなのかなとか思ったりします。早寝しようと心がけた時期もありました。アラームで起きようと頑張ったときもありました。

そしていざ夜や朝になるとわかるんですけど、そんなことをしている体力や気力はその時間帯に存在していないのです。

衝動に駆られて夜中に趣味を始めたり、それを30分で終わるつもりが気づいたら伸びに伸びて2時間くらいになっていたり。「早寝しよう」なんていう自分ルールは衝動の前に無力なのです。

逆も然り、アラームがなり、早起きしようと思っても寝ぼけた頭の考えることは一つ「まだ寝たい」のみ。まだ寝たいという欲に抗うための理性はまだ目を覚ましていないのです。

きっと早寝早起きのできなさをこんなにも言語化してくれた人間はそういないんじゃないでしょうか。まあどれだけ言語化しようができていない現実は変わらないんですけどね。

そんなこんなで今日はここまで!どれくらい更新追いついてないんだろう、考えたくもないですね。そんじゃまた〜!

 

駄々こねの延長

どうも皆様!テストを終え開放感に包まれている人間、どたです。

やっと終わったぞ!!終了と終焉という意味で終わったぞ!!そんなでも私は元気です。成績が悪かろうが死ぬわけでもないですし。

そういう心持ちでいるからいつまで経っても成績が悪いまま。ものを考えて説明する能力だけがすくすくと育って、肝心なそれらの基盤となる知識は無い状態で考えだけが尖っていきます。

頭が良ければと幾度となく思ってきましたが、その願いを叶えるためだけに勉強するやる気もなく。所詮はその程度の思いなのです。きっと心からは願っていない。

知識があれば、勉強ができれば、見える景色が変わるのもきっと事実で、その景色は素晴らしいものなんだと思います。何かを積み重ねる努力とか、辛くとも頑張り続ける経験はきっと大人になってから役に立つ。

なにより勉強ができて損なことなんて無いんですよ。得しかない。なのになぜ私はしないのか。まあいくらそれを問うても面倒だからとか苦手だからとか以外の理由なんて出てこないんですけどね。

ただ何故こんなにもマトモに向き合うこともできないのかを考えるとただ怠惰なだけでは片付けられないような気がしてきて。

駄々をこねる能力だけはいっちょ前にあるので多分これもその駄々こねの延長線で言い訳でしかないんですけど。

多分自分は自分が思うに向上心があまりないんですよ。勉強については特に。どんな面で見てもそうですが、いいことなのか悪いことなのか基本、現状に満足している。

急いでも仕方ないと思っているし、いつかの未来で自分が困ったりすることを想定していない。困ってもその時その時で結局なんとかなると思っているし、後悔したら、ザマアみろくらいに思っている。

未来が不透明すぎてなんの想像もつかないから、好き勝手に進んだ道で自分が楽しいと思ったことを楽しんでいてほしい、くらいで考えている。

未来に絶望しているわけでも期待していないわけでもなく、ただ死ぬほど苦しいことになっている未来は無いだろうという根拠のない自信だけがあります。

現実を考えれば考えるほど自分には何もなくて、仕事に就くとか社会に馴染むとか大人の当たり前がとことんできる気がしなくてですね。

だったらいっそ考えもつかないくらい世間とは距離をおいて、自分がいなくても社会は回るけど、いたほうが楽しかったり豊かになるよね。みたいなポジションに行くのが理想かなと甘えたことを常々考えております。

大きな挫折を経験したわけでも、壮絶な過去を持っているわけでも、社会経験が豊富なわけでもない。なんでもない自分から生まれる言葉なんて薄っぺらくて説得力の欠片もないと思ってはいるんですけどね。

それでも当たり前に自分の人生は自分以外の誰も経験したことはなくて、自分にしか表せないことってあると思っていて。

自分にしか使えない言葉で人を勇気づけたり楽しませたりできるなら、そんなに嬉しいことってないよなと思うのです。

人を直接喜ばせて、反応も直接もらって、なんてそんな職業のほうが珍しいってことはわかっています。でも、もし自分がずっと続けられる職業があるとすればきっとそういう業種だろうなという気がします。

自分で作ったものの感想を自分が独り占めするって幸せで贅沢なことだと思っていて、こういう根底の話をすると恐らく誰かに認められたい欲が人一倍強いんだろうなという結論に至ります。

なんだよ結局承認欲求かよ。はい、解散解散。一時的な承認欲求に振り回されて将来像が揺らいでいるよ、というそれだけの話だったのかもしれません。

これだけ長々書いておいて結論がそれかよ、とは自分が一番思っています。長々読んでくださりありがとうございます。今日はこのへんで!そんじゃまた〜!

 

 

趣味とアイデンティティの話!

どうも皆様!現実では月が変わり10月になってしまいました。このブログは恐らく8月の31日月曜日分とかなので1ヶ月丸々分くらいブログを書いていないことになります。なぜここまで来てなお続けようとするのか。どたです!

こんな事になるなら不定期更新にした方が絶対にいい。

けど、この曜日に必ず投稿する!と決めておいたりしないと二度とブログの編集画面を開かなくなってしまいそうなのもまた事実。

決してブログが嫌だとかやめてしまいたいたかそういうわけではないです。 ただ何もかもを文章に起こす労力を考えたときに今はその体力がないなと思い、結果後回しにし続けてしまう気がして怖いんです。

自分はかなり趣味に生きる人間なんですけど、もしかしたらブログをやめたくないのって趣味を失うのが怖いのかもしれないなとか、ふと思いました。

趣味に生きる人間、と書いてしまえば聞こえはいいですが、実際は自分の自分たる所以を趣味という肩書の一つ一つに預けているんだと思います。

これをするのが好きとか、いつもこれをしているとか、趣味はいわばその人自身を形作るものだと思っているんですけど「自分はこういう人間である」って説明するときに形としてわかりやすいからたくさん趣味を持っていたりするのかなとか思ったり。

もちろん趣味の一つ一つがめちゃめちゃ楽しいのも事実なんですけど、やっていることが多すぎてたまに「どれか1つにできないの?」とか言われたりもして。

そういうときはいつも「できないから今こうなってるんだよなあ」と思います。

自分でも少しやる事を減らせばいいと薄々わかっていつつも、本当に贅沢を言っていいのならどれにも妥協はしたくないというのもまた事実。

ここで言う妥協というのは、中途半端にできるようになった状態で趣味そのものをパタリとやめてしまうという意味です。妥協というより諦めとか手放すみたいな言い方が合ってるのかな。

自分の趣味をざっと羅列すると、まずこのブログ、ギター、工作、小説を書く、カラオケ、たまに絵を描いたりもします。

入れていいのかわかりませんが、YouTubeやTwitterはもう日常の一部です。インターネットが好き。

もうおわかりかと思いますが、公立校に通う一般高校生が抱えていい趣味の量ではありません。でもどれもこれも楽しいし、どれもこれも同時並行でやっていたら全部なまじにできる立派な器用貧乏が生まれました。

厄介なのがこれで別に勉強ができるわけでも運動ができるわけでもないし、コミュニケーション能力があるわけでもないのです。ことごとく現代社会を生き抜くための能力に欠如している。

だからこそなんとかその中で埋もれてしまわないように「多趣味」というアイデンティティを保持したがっているのかもしれません。

自分というのはこういう趣味を持っている人間だと説明ができれば、相手にわかってもらいやすいんです。承認欲求が強いあまり没個性をありえないほど怖がっている。

本来何もなきゃ何もないなりに自分の好きなものだったり部活など所属している場所だったりを人並みに言えばいいんです。

自己紹介で個性を出す必要なんて本来ないはずで、そういうところから根本を履き違えている。何者かになりたいなんて思い始めたのは一体いつからなんでしょうね。

多趣味でやりたいことがたくさんあるとどれから手を付けていいやら分からないし、1日が24時間じゃ全く足りません。

そういうことを考えても一度趣味との上手い付き合い方を模索せねばなという感じです。長々と書いてしまいましたね。今日はこのへんで!そんじゃまた〜!

 

 

自分ルールに抗えない

どうも皆様!絶賛テスト期間中、スキマ時間と呼べるような時間が登下校中しかないのでその間にポチポチブログを打っています。どたです!

小説を書こうと試みることもあるんですけど、なにせ文章がありえん長いので小さなスマホの画面の中ではとても読めなくてですね。

テスト課題たちを一旦片付けてパソコンを開く気力もないので何も進められないまま時間だが溶けていきます。どうにかしたい気持ち。

正直テスト期間が終わるまで完全にブログの更新をストップしたって何も変わらないくらいにブログを放置してしまっているのですが、後で泣きを見るのも自分なので程々に書こうと思います。

毎度毎度自分のブログは大体1000字くらいを目標に書いているんですけど、様々な人のブログを読むたびに本当に長さは人それぞれなんだなと当たり前のことを再認識します。

数百字でもいいから毎日投稿だったり定期的に投稿することを続けるのがいいのか、多少不定期になりつつもこの1000字という長さをやめないままがいいのか、正解はわからないままです。

少なくとも自分は長くても駄文だと読む気が失せるので、それだったら中身のある短い文章を書く方がいいと思うんですよね。

まあそんな簡単に言ってもそれが1番難しかったりするんですけどね。現に中身のある無いなんて個人の裁量でしかないわけで…。

でも長さに目標というかこだわりを持たなくてもいいのかもしれませんね。ただ長さっていう基準がないとどこまで書けばいいのかわからなくなってしまうのも事実。

好きなだけ書いて終わればいいのに作ってしまった自分ルールに抗えずにいる。その割には投稿頻度は守られていないんだからよくわからない。

やりたいと口に出していたことを忙しいからと後回しにして、忙しさがなくなり暇になった頃疲れて無気力になり、結果、言うだけ言って何もしない有言不実行野郎になってしまうわけです。

小説用のアカウント作りたいって言って何日が経ったのでしょうか。小説を書きたい書きたいとずっと言って暇なときにちゃんと書いた日が何日あったでしょうか。

要領が悪いのにやりたい事だけ多くて、全部に手を付けようとするからやるべき事もままならなくなって。そういうループから抜け出した方が絶対に良いとは思うんですけどね。

急に舵を切って「己は何もできないぜ」って方向に曲がったかと思うんですけど、そういう場合は十中八九別日に続きを書いています。

ちなみに最初に書いたようにテスト期間は終わっておりません。カスい。そんなこんなで1000字を超えました。こんな風に基準を決めていると終わりやすくなるから決めている部分も絶対あるでしょうね。

私はこれから恒例の朝ごはんおにぎりモグモグタイムに入るのでこの辺で!更新遅れまくってしまってるな。そんじゃまた〜!

 

 

 

「頭が悪いから」に逃げる

どうも皆様!最近考えたり思うことは多々あれど、それらを文字に起こしてブログに書く時間がなくて困り果てています。どたです!

書かないと絶対次から次へと忘れていくので、最近思ったことをつらつらと今日は書いていこうと思います。

というのも、最近授業内容がさっぱり分からないような教科が増えてまいりまして。0からわからないって訳ではないのがまだ救いなんですけど、にしたって理解しきれない部分が多すぎる。

前々からこうだったんですけどね。そしてこれからテストもあるんですけどね。全く余裕も何もないのにまるで全てが大丈夫かのような態度でこれを書いていることから察せられるかと思いますが、自分は頭があまり良くありません。

頭の良さと言っても器用だったり賢いみたいな意味の頭がいいとか、勉強ができる頭がいいとか、博識であるみたいな頭がいいとか色々あると思います。

今回自分が露呈する戒めのようなあれやこれは、勉強ができるという意味の頭がいいに軸をおいて話します。

前提として書いたように自分は頭が悪いんです。勉強ができない。ただそういう事を幾度となくブログに綴っていたら気づいたんです。

「頭が悪い」って一番都合の良い逃げ方なんですよ、恐らく。すべての結論にそれをつけることによって、「私は頭が悪いから」と何もわからない、何もしない言い訳にできるんです。

仮に頭がよかったら、何かを考えるときに知識量がまず違うでしょう。なにか行動を起こすときにリスクやメリットデメリットを考えて現実的な計画を立てることもできる。

そしてなにより知識が盾をしてくれるから「頭が悪いので」なんていうダサい保険をかけずに済む。

「間違っているかもしれませんが」くらいの保険はあるかもしれませんが、それは保険ではなく配慮です。そういう場合は十中八九合っているのです。というより間違いの心配をしている時点で既に人に何か知識を与えている立場ですしね。

話が脱線しました。つまり何が言いたいのかと言いますと、「頭が悪いから」という言い訳を使わないようにしないと自分はずっと逃げ続ける人生を送るような気がしています。

言霊ってあると思っていて、実際もし自分の成績がこれから上がろうともそれを言い続けていたら自分の知識だったりを疑い続けると思うんですよ。

自分が覚えたことで、自分の手に入れたスキルで、それなのにそれすら信用できないとなると相当生きづらいだろうなと思いまして。

だったら空元気や自己暗示のように「自分は頭がいい」と名乗っておいた方が何かと得な気がします。なんか強制的にポジティブ思考になろう!って言ってるみたいで嫌ですね。

人に強制する気はさらさらないですし、なんなら自分もそういう風に自己暗示をかけるのは割と苦手なタイプです。変わんねえだろって思ってしまう。

でもブログの中で逃げていては現実で立ち向かうこともまあ無理だと思うので、なるべく「頭が悪いので」みたいな言葉を使わないようにしていきたいですね。

恐らくアホとかカスすぎるとかそういうのは簡単に書くと思います。あれは心の底から思っているのもありますが、語尾というか語呂として締まりがいいから使っているのもあるのでね。

李徴に同情していた回のブログでも書きましたが、己への自嘲癖は治ることはないと思います。そんなことも書きつつ今日はこの辺で!ここまでお送りしたのは自称頭がいいJKどたでした!そんじゃまた〜!

 

 

 

文化祭の有志に出てきました!

どうも皆様!書いていませんでしたが、最近文化祭の有志を無事終えました!どたです!よく頑張ったんじゃないか!?

アコギの弾き語りを一人でやったんですけど、思っていた以上に観客の方々がいらっしゃって怯えていました。何が罠って自分より前の出番全部部活動だったんですよ。

つまり個人が有志で出る一発目が自分!せめてもっと上手い経験者の人に順番を譲れねえかとも思いましたが、逆に考えたらハードルが無い状態でのスタートなのでそれはそれでありがたいのか?とも思ったり。

十分に練習もしていないまま、当日の早朝にコード表を完成させ本番に望みました。こんなところまで先延ばし癖がきいてくるとは思わなかった。

本番は実際どうだったかといいますと、まあめちゃめちゃ緊張しましたよね。意外と手が震えるとか声が震えるとかそういう目に見えて緊張しているわけではなかったんですけど、確実に心臓バックバクでした。

パイプ椅子に座って、友達から借りた譜面台に手書きのコード表を立てて、マイクの角度を調節していざ一曲目!

明らかにギターのテンポが早くなっているのを自覚しつつ歌い始めたらめちゃめちゃ反響しまして。たぶん司会の人のマイクがONになっていたんでしょうね。

リハーサルでやったときはそんなこと起きなかったのでまあ内心バク焦りしつつ、なんとかマイク角度を変えてみたりしたんですけどまあ改善せず。

そんなプチトラブルもありつつ一曲目をなんとか弾き終わり、間でちょっとした話をしようと眼の前を見渡すと想像以上に人がいまして。

友達と母と妹だけなんとか視界の端に写して、あまり客席をまともに見ないようにしながら話したいことを話しました。

当たり前ながらその場には有志を見たい人しかいないわけで、言ってみれば全員味方なのです。なので何も怖がることは本来ないはずなんですけど、まあ視線がたくさんあったらそりゃ怖いですよね。

2曲目は比較的安定してギターも歌もできました!まあミスったところは恐らく多々ありましたが、まあ誤差です。

思いの外あっという間に出番が終わりました。疲れたし、準備とか諸々大変だったけど良い経験になりました。来年も出るかは未定です。

出るならもっと上達して誰が聴いても上手いというくらいになりたい気持ちはある。誰かギターができる人をひっ捕まえて自分は歌だけ歌うのが理想なんですけどね。

そう簡単にはいかないのでどっちもできるように自分が進化しました。こういう機会に出られたのは良い経験だったんじゃないかなと思います。

現在進行系で燃え尽き症候群になりつつありますが、復活を待つことなくテストが来るらしいです。一旦そんな現実は聞かなかったことにして、今日はここまで!そんじゃまた〜!

 

こだわりが無いねえ

どうも皆様!更新頻度がカスすぎてもう月が変わって10日ほど経とうとしているのにブログの方はまだ8月に取り残されています。どたです!

私生活というより学校生活エンドレス多忙人間なので一体いつになったら更新が追いつくのやら。もうすぐ文化祭で、文化祭が終わったらすぐにテスト、その直後にはもう修学旅行があります。

2学期はさすがに行事を詰め込みすぎな気がするんですけど気のせいでしょうか。あれやこれや目まぐるしい日々を過ごしていたらあっという間に1年が終わるんだろうな。

何もしないまま1年が終わってしまうことがないように自発的に動こうと頑張ってはいるものの、そのせいで私生活がないがしろになるくらいには多忙になっている気がする。

とにかく何も考えずに楽しいことだけやり続けて終わる休日が欲しいです。テスト勉強とか一切考えない休み。休み明けを憂鬱だと思わないくらいの休み。

でもたぶん休み明けってどう足掻いても憂鬱なので最後は贅沢言い過ぎましたね。もっと贅沢を言っていいのなら秋休みをください。

シルバーウィークもあるじゃんって思われるかもしれませんが、なんとタイミングの悪いことにテスト期間とガッツリ被っているのです。つまりシルバーウィーク明けにすぐテストが来たりします。アホなのか。

恐らくやらなければいけないことをなんとか詰め込んだ結果こうなったのでしょう。修学旅行とかもあるので2年生の2学期が一番忙しいんじゃないかという気すらしてきます。

そんな忙しい2学期を耐え抜きすべてをこなし切るほどの体力が自分にあるのか甚だ疑問なのですが、体力があろうとなかろうと残酷なことに平等にイベントは降り掛かってきます。

だから自分は受験のときに通信制へ行きたがっていたのです。まあ祖父と祖母に反対されたし私立だからバカにならないお金がかかるので簡単に行きたいなんて言えないんですけども。

最初から自分が通信制高校へ通っていた世界線のことをたまに考えるのですが、学校に週一回登校みたいなシステムだった場合、十中八九自堕落な生活しか送れていなかった気がします。

期限ギリギリになってレポートをなんとか提出し、映像授業みたいなのもレポートを提出する期限のその日に見て書いてみたいなギリギリをしていた気がする。

そう思うと底辺だろうが公立校でのほほんと毎日登校していた方が楽だったんだろうかとか色々考えてしまいますが、少なくとも平日5日間学校に向かうだけで疲れ果てて課題も授業もマトモにできていないのは大問題だよなあと常々思います。

このまま変わることなく過ごし続けていたら留年する未来が見えているのですが、それなのに危機感を持てない。留年してもまあ仕方ないかくらいに思っている。

学校はもちろん嫌だし面倒ですが、特別苦しいことがあるわけでもないので「もう1年も通うなんて死んでも嫌」ってわけでもないのです。

友達には留年しないでね!?と言われていますし、口では留年したくないと言っていますが、もう一度2年生をやることに対して抵抗があるかと聞かれれば恐らくないのです。

人生設計がこんなにも雑な人間に自分は会ったことがないですが、それはたぶんこんなに雑に生きてはいけないからなんでしょう。

ネガティブなことを書いてしまった。どうなるか何もわかりませんが今日はここまで!そんじゃまた〜!