どたの日記

頑張ります!!

受験って本当にいるのかね?

どうも皆様!最近学校に関係のない話題を書くことによって個人情報を書いてしまうことを避けつつ、そのブログが実際何日に書かれていても読み手側に違和感がないという高等テクニックを使っております!どたです!

全く高等テクニックではない。まあその日分としてブログが投稿されていればいいんですよ。

さてそんな今日なんですけどテスト期間が迫っているのでまたしても勉強の話を書いてみようと思います。思い返せば去年の今頃って自分受験真っ盛りの時期でしたよね。

まあ受験生って言ったってブログを書くことはやめなかったし、それくらい生半可な態度で受験に向き合いもしていなかったのでまだこの時期になっても進路が決まっていなかったような気がします。

高校に入ることが怖いのと極力勉強をしたくなくて現実から逃げまくっていたらいつのまにか精神状態が大変なことになっていたなという思い出はあります。正直「受験という経験から学んだこと、得たこと」って本当に無いと思ってます。ただ自己嫌悪が止まらなくて死にたくなってしまっただけ。

自分のできなさと毎日向き合わなければいけない、嫌でも迫ってくる試験本番の日に怯えながら勉強をしていない自分が嫌になって。なのに体は動かないから何もしないまままた1日が終わって、過ぎた1日分で周りがどれだけ勉強しているのか考えては嫌になって。

受験シーズンは本当に1日1日が苦痛でした。不安だとか緊張だとかそんな言葉に収まらない、ただ本当に辛さが積み重なっていく1年間を過ごしていた気がします。だから今受験で苦しんでいる中学三年生や高校三年生を見るとどうしても「受験という制度は本当に必要なのか?」とか思ってしまいます。

受験で死にたくなってしまった経験があるから、そんなになってしまうくらいなら制度ごとなくなってしまえばいいってずっと思っています。

子供が社会の希望だというなら、花咲く前に自ら枯れることを選んでしまう前に咲ける場所に植え替えてあげてほしいなとか思ってしまいます。今の鉢植えが窮屈な子だってきっと沢山いるんですから。

今どれだけ綺麗な花を咲かせていようが根っこが丈夫で真っすぐ育った花しか植え替えて育てないよってそんな残酷な話無いよって思いませんか?どの子も皆同じように肥料を貰って日光浴びて水を貰って丁寧に管理されたとは限らないのに。虫食いの一つも許されないんですか?

なんか全部花に例えちゃいましたね。直接的に言い直すと苦しくなってしまいそうなので一旦このまま書かせてもらいます。

なにより受験の時嫌だったのは「自分が何もしていない事=休み、甘え」になってしまう状況でしたね。甘えだってわかってる、わかってるのに動けないから自分が嫌になる。逃げたい、なるべく早くこの期間を終わりたい。だったら一番手っ取り早いのは今のうちに死んでしまうことだ、ってずっとこの考えをループしていた記憶があります。

冷静に考えたらすぐに死んでしまうことがその状況下において合理的でないことくらいわかるんですけど、合理的かどうかなんて考える前に「逃げたい」が勝つんですよ。逃げたいのなんて皆一緒で、それでも皆は当たり前に頑張ってる。じゃあ自分はどうだ?なにもしていない。

置いていかれる感覚と、置いていかれてるのに自分が何もしていない矛盾が苦しくて。勉強すればいいじゃんなんて簡単に言ってほしくなかったです。めっちゃ被害者面の文章になってしまっている気がする。

積み重ねてこなかったから差が開いているなんてのは当たり前のことで自業自得で、それらが分かった上でこんなに苦しまなきゃいけないのか?って思うくらい苦しかったですね。

将来についてずっと興味が持てなかったから自分の場合は受験勉強がどうだとかの以前に進路をどうするかが一生決められませんでしたね。結局決めたの本当に2月とかだった気がします。自分の意志で選んだ、ってことに体裁上はなっていますがほとんど父と先生の勧めで選びました。

母がこれを読んでいないことを願って書くんですけど、「一旦その高校に行ってみて、もし本当に無理だったら通信に変える手だってある」って母が言ってくれたのが希望でしたね。今も少しその言葉を思い出しながら高校生活を送っています。

なんだかんだ勉強についていけていないこと以外は楽しく高校生活が送れているのでよかったのかもなと思いつつ、今大変なことはあの時もう少し選択を変えていれば味わうことがなくて済んだのかなとか思ってしまいますね。

受験が必要なのかという話から今の話になってしまいましたが、受験の必要性について疑問を持っているのは事実です。

子供だからこういう発想になってしまうのかもしれないんですけど、実力で学校に入りたい人は受験して入る学校を、勉強が本当にしたくない、できない人は受験なしでも入れる学校を選べたらいいのにって思います。

学費とかその他諸々金銭面が同じ条件なことを前提に書いているんですけどそういう面での差別化が行われないっていうのは現実問題相当難しいんでしょうね。「高校生」とか「大学生」って肩書だけでも同じものを手に入れるためのハードルが相当高くないか?って個人的には思ってしまいます。

子供が少なくなっているから高校や大学では子供の取り合い状態らしいですが貰ってくれるならもうちょっとハードル下げてくれたっていいのにって思ってしまいます。この考え方すら甘えって言われてしまえば反論出来ませんね。

長くなってしまった!!思うままに書きすぎて想定の倍書くのに時間がかかったので今日はこの辺で!そんじゃまた~!