どうも皆様!こちらは土曜日分!書いている今は丁度日付が変わり火曜日、果たして更新を追いつかせることはできるのか!?どたです!無理な気がするぜ!
ゴールデンウィーク過ぎ去るの早すぎないですか?なんかもうちょっと体感長かった気がするんですけど本当に長かったのか体感時間的に長く感じていたのかどちらかは分かりません。
今年は1日1日で何もしていないことが多すぎるのでどんどん休日が消化されていっている感じがします。予定が全くないとかそういうわけではないんですけどね。 ただ日中とか寝すぎていたりするから時間をスキップしている感覚が強い。
有意義な日を過ごせたと堂々と言える日が少ないと「何もせず1日が終わったな」っていう感覚が強くなるのかもしれないですね。このまま人生を消費で終わらせてしまってもいいのか?という漠然とした不安と、そうやって過ごすくらいの体力しか今は無いなという気持の両方があります。
少し今日のことを書くと、自分が母に「星野源さんの地獄でなぜ悪いという曲が好きだ」みたいな話をしている時に母に「同世代よりもかなり人生を俯瞰してみてるよね」と言われました。あまりに悲観的過ぎる的なことも言われた。
自分が「地獄でなぜ悪い」が好きな理由が、歌詞の内容で「世の中地獄でしかないし希望なんてないかもしれないけど一緒に耐えよう、地獄でも楽しんでやろう」みたいな感じなんですよ。
その希望を見出しすぎないあまりにも現実すぎる寄り添ってくれる歌詞がめちゃめちゃ好きだという話をしていたら母からそんなことを言われました。言われて気づいたんですけど、自分ってかなり人生というものに対して希望を見出していなさ過ぎる気がします。
変に夢を見すぎても現実との差にやられるだけだから、現実に則した幸せを追い求めた方がいいんじゃないかとか思っているんですよね。これくらいの年代って夢見てなんぼだとは思うんですけど。
別に現実がずっとめちゃくちゃ辛いわけでも、絶望しきっているわけでもないんですけど、ただ自分という人間が世間でいかに生き残るかを考えたら夢を見ていてはいけないなという気がします。
非現実的なことを考えるのは好きだし、起こりえないであろう夢を追いかけることも好きです。ただどこかで視界の中に現実が入り込んできて、「どうせ無理なんだから諦めて大人しく真っ当に生きろよ」と誰かが言ってきます。
悲観的になりたいわけではないんです。なんなら楽観的に生きられるならそうしたい。でも楽観的になることは自分にとっては逃げと一緒で、それをしてしまったら大人になったときに相当苦労する気がしている。直感的にそんなことを思っています。
悟ってるとか世の中を全てわかった気になっているとかそういうわけではなくて、ただ自分の見える範囲の現実は悲観的に見ていないとあまりに広くて怖い空間なんです。希望よりも絶望が占める割合が圧倒的に多いし、そこで自分が生きていける自信もない。
だから俯瞰して悲観的に見ているふりをした方がまだ耐えられるんじゃないかって、そんなことを思っています。現実を見る目が希望ベースじゃないのが一番の問題かもしれない。どうせ死にゃ全部終わりだからね、頑張りましょ。くらいの態度で生きている。
今の子達って結構こういう子が多いんじゃないか?とか思っているんですけど実際どうなんでしょうね。希望が抱けるように大人の人たちが現実を楽しんでいる様子を我々に積極的に見せてください。たぶんそんなことをする余裕もないほど大人も切羽詰まってるんじゃないかとか思ってしまいますね。
大人も子供も忙しすぎる現代なので、みんな一斉に全部放り投げて休もうぜ!!とか言ってしまいたいですが、果たしてこれに加担してくれる人間はどれくらいいるのか。
語彙力が無さ過ぎて文章の最後が「~なんだと思います」「~な気がします」で終わってしまいがちなのどうにかしたいな。今日はこの辺で!そんじゃまた~!